【書評16冊目】読書力(齋藤孝)日本の知的好奇心低下

書籍

読書力
著者:齋藤孝
岩波新書

読書力を読んで感じたのは著者の熱だ。

これほど熱く本の内容に触れる人はそういないだろう。

本は確かに知的財産になりうるものと理解しているが、教育者という観点から見てると

読書力がないために困ることも多いのだなと感じだ。

毎日をなんとなく生きるなら読書力を磨き強く太く生きることを目指したい。

日本の地力になるべきものだ。進んで獲得していきたい。

まず、いつの間にか読んで当然と思われていたものが、読まなくてもいいという風潮に変わってきた。

昔だったら読んで当然、知らないと恥という項目があったが理解していなくても恥でないと思うように

なってきた。明治大学の教授として勤めて考えてきた内容は考えさせるものがある。

読書のメリット

何個かあるが、自己形成の糧になること、コミニュケーション能力の基礎作りになる事といい

読書は自分を作る最良の方法と定義づけた。

その為には、作者が自分に直接話してくれているかのように本を読み、メモを取り、

話を要約出来るようにしていくのが大事である。読書力は自然にはつかない。何人にもこちらから会いに

いき、精神の緊張を感じながら難しい人(難解な読書)にも段階的に挑戦していく事で

読書力が鍛えられる。

やはりその為には、積極的に理解しようとする姿勢が大事である。

単独者として、その本の著者に会いに行くのである。

本を読まなくなった理由、そして読んだ方がいい理由

上でも少し触れたが、恥を感じる事が社会全体でなくなってきている。

アインシュタインも言っていた気がするが、調べてわかるものは覚える必要はないと。

でも、ここでいう内容は、自分に染み込ませておいて初めて、役に立つ道具に変わりそして使える。

知識を自分に置き換え、自分の中に所有しておく事が大事なのだ。解釈は違ってもさして問題ない。

尊敬の為に言っておくが、アインシュタインの言葉の心理はおそらく、もっとシンプルなものに対して

いっていたのだと思う。強烈なアウトプットがあったから言えるセリフだなと感じる。

話が逸れてしまったが、日本人には聖書などの絶対的な本がない。だから多くの本を読み多くの経験から

様々な情報を仕入れる必要があった。それが元々の読書立国の背景だったのではないかと述べている。

今でこそ、便利さからインターネットの時代なので読書文化が廃れてきてしまってるが

本からは、暗黙知である自分の潜在意識に気付けたり、ほぼ正確な(矛盾していない)情報を得られたり

作者と会話出来る利点がある。本はそのテーマに特化した形で作者の経験値が詰まってるつまり知識だ。

それを利用しないのは実にもったいない。感情的にそして自分流にそして安く関われる。これは活用しない

のは勿体無いだろう。そして最後には自分の言葉に置き換えてみよう。書く事で整理しやすくなる。

書くことは技術になりうり、意識を高める。

最後に

日本人は競争意識が弱くなっている。恥もなくなってきたのでまぁいいじゃん、なんとかなる。

そんなレベルで許されているのが実情だ。大学でも入るのはまぁレベルが必要だけど、卒業は簡単。

アメリカとかでは、どっちも大変、ワークも多いと聞く。アメリカの大学には実際にいってないので

分からないが、日本はそうゆう所があるだろう。もっと競争心を持って過ごしたいと節に思う。

そうすれば、レベルももっと上がり日本人の知識力も上がるに違いない。

 

コメント